
執筆は、一文を削るところから始まる
FOLKLORICAの小説で一文を選び抜く作業は、増やすことよりも減らすことから始まる。最初の執筆で書き上げる文章量は、常に完成稿より多くなる。物語の進み方を止めない一文だけを残すために、先に書いた説明の多くを削る作業に時間を使っている。
「説明する文」と「体験させる文」を、推敲で分ける
残った文章を見直す段階では、二つの役割に分けて考えている。出来事や感情を説明する文と、読者にその場面をそのまま体験させる文は役割が違う。推敲の過程では、説明する文の多くを削り、体験させる一文だけを残す判断を優先している。
「甘い毒」で最後まで残った一文の話
たとえば「甘い毒」では、登場人物の迷いを書き表す候補がいくつもあった。その中から選ばれたのは、迷いそのものを言葉で説明する文ではなく、行動の一瞬だけを切り取った短い一文だった。説明を足すより、その一文だけで迷いが伝わるかどうかを基準にしている。
声に出して読めるかを基準にする
一文を選ぶ際、朗読したときに読めるかどうかも基準にしている。目で読む分には気にならない長さの文章でも、声に出すと途中で息が切れることがある。FOLKLORICAには朗読を前提にした作品もあるため、文字として正しいことより、声に出したときの自然さを優先する場面がある。
一文を削っても、物語の意味は削らない
文章量を削る作業と、物語の意味を削る作業は同じではない。短くする判断をするときも、その場面でしか伝えられない情報だけは必ず残すようにしている。削った跡が読者に伝わらないことが、この作業の目安になっている。
選び抜いた一文は、世界観づくりに戻って確かめる
一文を選び終えた後も、そこで終わりにはしない。先に決めていた世界観の設定ノートに戻り、その一文が作品全体の時代や人物の声と矛盾していないかを確かめ直す。この確認作業は、世界観づくりの裏側で触れた工程と地続きになっている。
書き終えた直後ではなく、時間を置いてから読み返す
書き終えた直後は、自分が書いた一文を客観的に判断しにくい。選び終えた原稿も、数日置いてから改めて読み返す工程を挟んでいる。熱が冷めた状態で読み返すと、勢いだけで残していた一文が浮いて見えることがあり、そこで初めて削る判断ができる。
一文にかける時間は、場面の重さによって変える
一文を選び抜く作業にかける時間は、場面ごとに大きく違う。「ラグナログ」のように神話を題材にした場面では、一文の言葉選びに長く時間をかける一方、日常に近い場面では直感的に決まる一文も多い。重さの違う場面に同じ基準で時間をかけないことも、選び抜く作業の一部になっている。
選び抜く作業は孤独だが、一人で完結させない
個人プロジェクトとして進めている以上、一文を選ぶ判断は基本的に一人で行っている。それでも、朗読した際の聞こえ方や、公開後に届く感想は、次の作品で一文を選ぶ基準にそのまま反映させている。選び抜く作業は孤独だが、そこで終わらせてはいない。
選び抜いた一文が、ビジュアルの手がかりになることもある
選び抜かれた一文は、文章の中だけで役割を終えるわけではない。「神話になれなかった僕へ」で最後まで残った一文は、その物語のビジュアルを考える際の出発点の一つにもなった。一文を選ぶ作業と、作品の世界観を目に見える形へ翻訳する作業は、別の工程でありながら同じ判断基準を共有している。
選び抜かれた一文の積み重ねを読む
こうして選び抜かれた一文を積み重ねた小説は、novel.htmlで公開している。一文ずつの判断の跡が、物語全体の読み心地にそのままつながっている。